愛玩情史

2ちゃんねるエロパロ板に投稿したSS置き場(21禁)

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「陵辱続きで、そろそろ飽きてきたでしょう?」
「…………」
「心配しなくても、もう最期までそういうのはないと思うわ。安心しなさい」
「…………」
「あたしたちが好きでやってたとでも思ってたの?」
「…………」
「全く、上の人も勝手よね。セーラー戦士が犯されているところが見たいって言うからそうしたのに、汚い仕事は全部あたしたちに押し付けて。そのくせ、後になってやり過ぎだの可哀想だの気分が悪いだのってケチをつけるんだから」
「…………」
「ルベウス様は乱暴だったけど、そういうところはきちんとしてたわ。自分で犯して、自分でちゃんと責任を取った。それにくらべて今残ってる男は何なの?椅子に座ったままで、安全なところから文句を垂れてばかり。ね、そう思わない?」
「…………」
「今の話はここだけの秘密よ。まあ、どうせ聞いてないだろうけど」
「…………」
「じゃあ、さよなら」

軽やかに言うと、カラベラスは赤ん坊を抱いて出て行った。
ぶ厚い扉が音もなく閉まり、暗闇が訪れても、水野亜美は冷たい床にまだ転がっていた。
気を失っていたわけではない。単に、カラベラスと話すのが億劫だったから、無視を決め込んでいたのである。
何か有意義な情報でも聞けるかと思えば、大半は男や子育てに関する不満だけで、母親のそういう愚痴を聞き飽きていた亜美にとっては、鬱陶しい以外の何ものでもない。
自分を蹂躙した男たちの残像が、目の前に浮かんでは消えていく。もうニ・三時間、肉の塊の中から引き上げられるのが遅かったら危なかった。
楽になることを望んでいたのに、残念ながら一晩では発狂までには到らなかった。まことと同じく、亜美もまた、正気を手放すことが出来なかった。
体全体をもみくちゃにされ、人格を疑うような言葉で侮辱され、それでも『蛙』にはなり切れなかった。心を手放すということは、あの男たちに負けるということ。幹部ならいざ知らず、あんな、知性も品格も感じられない、下っ端の連中に負けたくはない。
序列に拘る亜美の中に残っている最後のプライドが、彼女を現実に繋ぎ止めていた。人は平等だとうさぎは言うが、人間にはやはりランクがあると亜美は思う。その中でもあの男たちは下の下だ。
裸の身体に冷気がまといつく。世界中で起こっている交通事故を、全て一身に、それも一度に引き受けたような気分だった。
自分を男たちから引き離し、身体を清め、新しい牢に放り投げたカラベラスは、何故か上機嫌だった。また一人、母親仲間が増える。目がそう言っていた。一見正常に見える彼女が狂っていて、狂ってしまったと思われる亜美が、未だに正気を残しているのは皮肉なものだ。
外側からは、カラベラスはいい母親に見えるだろう。しかし「いい母親」とはそもそも何だ?少なくとも、女が陵辱されているのを見て、「早く妊娠するといいわね」などと言うのが、それに該当するとは思えない。
カラベラスは狂っている。自分と子供さえ良ければ、それでいいのか。彼女は、人間の男に犯されたことで、辛い経験をしたことで、逆に視野が狭くなった。決して改心したわけではない。
周囲は敵だらけだ。自分の仲間たちさえ、いつまで正常でいられるか判らない。人の気持ちなど、状況次第でどうにでもなるものだから。
考えれば考えるほど、袋小路にはまる。だから亜美は、何も考えないことにした。理系らしからぬ行動だが、運に頼ることにした。
最初から、亜美はどちらでも良かった。自分の能力が最大限に生かせる職場で、人々のために役立つことが出来れば、それがどのような場所でも構わなかった。
このまま逃れられないのならば、ブラック・ムーン一族の側について、内側から組織を変えるのも良いかもしれない。しかし、もしもこの左耳のピアスが耳朶を刺して、亜美の身体の痛みを緩和してくれるのだとしたら。
横たわったまま、亜美がその時を待っていると、新たに牢に運び込まれてくる少女がいた。
オレンジ色のドレスを着せられ、頭は布で覆われている。マネキンのようなシルエットだった。
「サフィールの馬鹿野郎っ!!」
聞き覚えのある声だった。乱暴に突き飛ばされ、ピシャリと閉められた扉に、少女は思いっきり回し蹴りを入れた。
その程度ではびくともしない、頑丈な扉だ。逆に足を痛めたらしく、声にならない悲鳴を上げつつも、めげずに今度は拳で扉を叩いた。
「カスっ!アホっ!あんぽんたん!バンバンジー!!誰が中身がないのよ、ボケっ!!」
閉じ込めた相手を罵ろうとしているらしいが、語彙が徹底的に足りない。彼女らしくて、亜美は薄く微笑んだ。
とても元気だ。きっと陵辱などされていない。されていたとしても一日で前向きに立ち直るだろう。ヴィーナスは情欲の女神、愛の戦士なのだから。
当たり前のように男性に好かれ、大切にされて、他の戦士とは別格で、無傷で連れて来られた。きっとそうに違いない。
醜い気持ちが、また胸の奥から湧き上がってくる。銀水晶で浄化して欲しいと思えるほどに。それでもうさぎは、汚い亜美ごと、友人でいてくれた。
「亜美ちゃん!」
転がっている亜美の姿に、気づいたヴィーナスは驚いて駆け寄った。
────うるさい。そんなに大きな声で、名前を呼ばないで。あなたが私に何をしてくれたの?
────嘘。そんなこと思ってないわ!美奈子ちゃんの明るさに、どれだけ救われたか。
────リーダーなのに、うさぎちゃんと暴走してばかりで。いつも苦労するのは、私……。
────私と違って、人前で努力を見せ付けるような子じゃない。きっと、知らないところで動いてくれているはず。
頭の中で、二人の亜美が激しく鬩ぎあった。室内には蝋燭の灯りが灯されて明るく、先ほどの部屋よりは清潔であった。
屈辱的な体位を強いられたせいで、手も上がらない。カラベラスに強引に湯浴みさせられたのはいいが、その後何も着せられずに放置されていたから、陵辱の跡もはっきりと見えているだろう。異星人である彼らには風邪を引くという概念がないのだから、仕方ないのかも知れない。もう、恥ずかしいと思う感情すら枯れ果ててしまった。
「こんな……こんなに、ひどい!」
言葉に詰まりながら、ヴィーナスは亜美の傍らに屈み込み、滑らかな布のようなものを、ぐいぐい押し付けてくる。
「このドレスを着て。サフィールが、着せてやれって」
コーアンに聞いた名前を、亜美は頭の中で反芻する。デマンドの右腕が、確かそんな名前だった。
亜美は首を横に振った。体の節々が痛く、腕も上がらないのに一人では着られない。
それに、このまま土に還るという選択肢も、未だに彼女の中では息づいていた。ただ、それは自分ではなく、このピアスが決める。だからいま少しの時間を要した。
「亜美ちゃん……?」
起き上がらない彼女の異変に気づいたのか、ヴィーナスが耳元に顔を寄せる。亜美のピアスが片方だけないことに、軽く目を瞠った。
耳朶の血は既に固まりかけているはずだ。遠目には、レイのような赤いピアスにも見えたかも知れない。
「ひどい、こんなことまでしたの、あいつら……!」
ピアスを毟り取ったのは男たちではない。これは切り札だったから、いよいよ駄目だと思った際に、自分で引きちぎった。
もし陵辱に負けて、正気を手放すことがあっても、セーラー戦士の変身を解かれることがあっても、元からつけているこのピアスだけは解除されない。その確信があったからこその切り札だ。
少し、眉を寄せる。片方だけ残ったピアスから飛び出した針が、亜美の耳朶をちくりと刺した。
それと、ほぼ同時のことだった。遠くから聞こえてくる爆音に、ヴィーナスはぎょっとして扉の方角を振り返った。

扉が開け放たれる気配はない。音は一度きりで、すぐに止んだ。怯えた表情で、彼女は亜美に視線を戻す。亜美は笑っていた。
「あ、亜美ちゃん………?」
ドレスを抱きしめたまま、ヴィーナスは戸惑っていた。が、突然亜美が起き上がったため、慌てて飛びのく。
ピアスの中に封じ込めておいた薬は、痛み止めとしてはごく僅かな量だったが、口や手を動かすには充分だった。まことの薔薇のピアスにも、同じものが仕込んである。亜美のもう片方のピアスが割れるのに連動して、針を出すように調整済みだ。
どちらでも良かった。自分で決めて選ぶには、責任と痛みが付きまとう。うさぎのように図太い神経を持っていなければ、耐えられることではない。
仲間を信じきれない己に疲れ果てた亜美は、運に全てを委ねた。それが成功したということは、神はまだ亜美に戦えと言っている。仲間を、うさぎを助けろと言っているのだ。
「今の、あなたがやったの?すごいじゃない、一体、どうやって!?」
何も知らないヴィーナスは、無邪気に尋ねる。胸の奥で燻っていた苛立ちが、亜美に口を割らせる。
「大した、ことじゃ……ないわ。敵に着けた、もう片方のピアスが爆発しただけ」
ピアスが割れる可能性は八十パーセントだが、爆発の可能性は十パーセントと極めて低かった。
もとより、高度な科学力を持つブラック・ムーンが、あの程度で怯むわけが無い。これは亜美の気付けのための保険であり、敵に重大な損害を与えることを期待してのものではない。
「敵に着けた、って」
ヴィーナスの顔色が変わる。
「まさか、デマンドに?あいつはうさぎちゃんと一緒にいるのよ!?」
亜美は薄く笑った。そんなことは、わかっている。敵だけを傷つけて、味方は無傷のまま残してくれる爆弾があれば、ぜひ教えてもらいたいものだ。
コーアンが目前に来た時がチャンスだったが、彼女は意外に用心深く、体に触れさせてはくれなかった。
『どいて、お願い!』
あの時、マーキュリーは出口へ向かう振りをして、コーアンに見えない位置からピアスを引きちぎり、指の間に強く握った。
まことの家から持ち出した大量の小麦粉を、ルナに頼んで圧縮カプセルにした。それをピアスに封入し、割れたら中の粉が室内に舞い散る仕組みだ。後はコーアンの操るわずかな火の気があれば良かった。
二人を置いて、コーアンは退室してしまった。せめて敵に一矢報いたかった亜美は、カプセルを割るべきか否か迷っていた。
新たな敵の姿は現れない。なすがまま犯され続け、いよいよ自害を決めた時、不意にデマンドという男が現れた。
彼は、亜美が望んでいたブラック・ムーンの最重要人物だった。それも、裾の長いマントまで羽織って、隙だらけの格好で。うさぎを手に入れて舞い上がっている様子のデマンドは、マントを掴まれても不機嫌になっただけで、亜美の真の思惑に気づくことは無かった。
男たちによってすぐに引き離されたが、ピアス装着には成功した。もう、どちらでも良かった。爆発しても、しなくても。このまま死んでしまっても。
『豚が』
デマンドの冷酷な声を聞きながら、亜美は意識を失った。
やはり運が味方をしているのか。ピアスが亜美から離れたところまで運ばれる可能性も、爆発する可能性も限りなく低かったのに、これは神が亜美に諦めるなと囁いているのか。
本当は、このまま楽になった方が良かった。けれど、神様がそう言っている。亜美のせいでは、決して無い。誰かのせいにすることこそが、今の彼女には必要だった。亜美の今後の運命は、数式ではなくサイコロを振ることで決定した。
疲れ切った体に、少しずつ、力が戻ってくる。薬が効いてきたようだ。
「うさぎちゃんが巻き決まれていたら、どうするのかって?」
ヴィーナスが言いたいことを、先回りして亜美は告げる。渡された水色のドレスに、静かに袖を通した。こんなものを手に入れられるほど、そのサフィールという男と仲が良くなったらしい。
「うさぎちゃんが本当にプリンセスなら……あたしたちが従う価値のある人なら、無事なはずだわ。無事じゃなかったら、それまでよ」
「亜美ちゃ……」
「どっちでも良かったの。もう、考えるのに疲れたの。いくら皆のためを思っても空回りするんだったら、いっそ全てを運に委ねてしまおう、って」
頭の中で計算していたことが、思い通りには運ばない。特に人の心は、どう転ぶかわからない。亜美は疲れ果てていた。
「あの子を裏切っても良かったのよ。自分だけが可哀想だなんて言うつもりは無いけれど、実際、それだけの目に遭ってるわ」
うさぎのせいではないけれど、彼女の敵になることでこの辛さから解放されるなら、それでもいい。そう思ったこともあった。狡い亜美は、積極的にうさぎの敵にまわろうとはしなかった。
コーアンに裏切りを持ちかけられた時も、最後まで抵抗した。仲間を裏切りたくないと言いながら、本当は、自分で決めるのが嫌だったから。戦う、裏切る、逃げる、自害する、どんな選択肢を選んでも、自分はきっと後悔した。
答えが一つなら良かったのに───現実は、そうではない。より幸せになれる方法があったかも知れないと、答えを出した後も見苦しくあがくのだ。それならいっそ、サイコロで決めてしまおう。自分の運命を。
「でも、運命はやっぱり、うさぎちゃんの味方みたいだわ」
晴れやかな気分になっていくのは、薬のせいだけではない。賽の目は出たから、もう迷わなくていい。
うさぎは弱く、だらしない。優秀なこの自分の力があるから、生きて行ける。その自負があるから、亜美は自分を保っていられるのだ。
「信じて、待ちましょう。うさぎちゃんのこと」
励まそうとして、逆に励まされた形になったヴィーナスは、複雑な顔をしていた。
自爆しても良かったし、うさぎもろとも、デマンドを爆破しても構わなかったと、亜美はそう言ったのだ。笑顔になれないのも当然だろう。
しかし、この極端な結論に達するまで、たった独りきりで戦っていた水の戦士を、怒ることは出来ない。顔にそう書いてあった。
「あたしの最後の意地悪だから、これくらいは許して。ヴィーナスだって、辛いことばかりじゃなかったでしょう?」
「え……」
「サフィールはいい人みたいね。このドレス、サイズがぴったり」
レイの時のような間違いは二度と犯さないと決めていたのに、口から零れる嫌味を止めることは出来なかった。ヴィーナスのブロンドの髪が刈り取られていることに、亜美は触れない。暴行を受けたことを知りながら、その件には触れない。殴ったのはきっと女で、あやかしの四姉妹の誰かだろう。男なら、彼女に手を上げて美貌を崩したりするはずがない。
「ただのむっつり助平よ、あんな奴。だいたいなんであたしや亜美ちゃんのサイズ知ってるのよ」
「好きだったの?」
ここに入ってきた時の彼女の態度を見れば、相手にされなかったことは明白ではある。敵に取り入って情報を引き出すつもりが、ミイラ取りがミイラになったのだろうか。
ヴィーナスは、顔を上げて亜美を見た。その眼差しに少し怯んだが、亜美は目を反らさずにその顔と向き合った。
彼女は、レイとは違う。だからこんな不躾な質問をしても許される。レイを傷つけてしまったのは、自分の境遇と比較して幸せそうに見えたからであって、ルベウスとの仲を本当に疑っていたからではない。
けれどヴィーナスの場合は、本当に敵と下半身で繋がりかねない。美形好きを公言して憚らない彼女には、問題が起こる前に釘を刺しておく必要があった。
「まあ、ちょっとね。顔がいいから、ほんのちょっとだけだけど」
予想通り、彼女はあっさり認めた。思わず手を上げかけるのを、亜美はぐっと堪えた。
マーズが敵の男に犯された状況下で、よくそんな気になれるものだ。戦いの最中に不謹慎すぎる。
「あたしたちまだ十代よ。大人の男の人が、本気で相手にするはずがないでしょう」
デマンドたちの年齢は、実はセーラー戦士とさほど離れていないのだが、亜美はそれを知らない。地球でぬくぬくと育った少女の目には、侵略者たちの姿は実年齢よりも遥かに大人びて見えていた。邪気の影響による血色の悪さもあり、最低でも、全員二十代後半だろうと睨んでいた。
もとより、生活年齢と精神年齢に大きな開きがある。サフィールに地球で言う知能検査を受けさせたら、亜美はその結果に青ざめたに違いない。
「別に、好きになって欲しかった訳じゃなくて。ほら、あたし、一人だけ犯されてないし……単に、自分を痛めつけたかっただけなのよ」
軽い口調で告げる友人に、亜美は激しい怒りを覚えた。例え内心ではそう思っていたとしても、本人の前では黙っていればいいものを、わざわざ口にする神経が判らない。
「それで、あたしたちが喜ぶとでも思ったの?」
「……ごめん、もうしません」
ヴィーナスは顔の前で両手を合わせ、目を瞑った。
仲間に後ろめたいと思う気持ちは判るが、ヴィーナスはあまりにも自分を軽んじすぎる。友人が持っているゲームソフトを、自分も持っていないと仲間外れにされるような感覚で、私も同じ目に遭いたい、と言われても困るし、亜美はそんなことは望んでいない。逆に腹が立つだけだ。
「でも、サフィールは何もしてくれなかった」
男女の間にある感情は清らかなものだけではない。それを知らない処女女神は、床を見つめて未練がましく呟いた。自分に魅力がないせいで、と思っているらしい。
「出来た人じゃない。あなたに触れなかったのは、きっと他に好きな人がいたからだわ。それに、話し合ってお友達になれたんでしょう?」
ヴィーナスは運が良かったのだと暗に告げたが、彼女は納得していないようだった。
「違う」
声が低くなった。思い出すのも腹立たしいというように、自らの身をかき抱く。
「中身が空っぽの馬鹿女で、プリンセスの影武者としてしか価値が無いって言われたのよ。リーダーの資格、ないわ」
いつも明るいヴィーナスも、さすがにその発言は堪えたらしい。そんな事は無い、と亜美は言えなかった。言ったらすぐに調子に乗るのが彼女だからである。
サフィールに相手にされなかったと言っても、そもそも敵と普通に会話をすること自体が高等技術で、まず相手に好感を持ってもらえなければ話にならない。容姿が良過ぎたら、悪戯に欲情を煽って犯されるかも知れないし、敵の女に嫉妬されて始末されるかも知れない。その点ヴィーナスは、程よい協調性と程よい外見を持っている。
突出した能力を持たない普通の少女であることこそが、ヴィーナスの魅力だと亜美は思う。が、意地悪なので、教えてやらない。
「ふ…………」
亜美は口元を覆った。相手があまりにも馬鹿すぎて、八つ当たりする気も起きない。
無神経で、時には傷つけられることもあるけれど、その強さが彼女をリーダーたらしめている。
誰しも、心の奥に劣等感を抱えていて、それを表に出さないだけなのだ。比較して、不幸ぶっているのは、本当に馬鹿らしい。
「美奈子ちゃん、らしい…………」
気づいた今なら、マーズにも素直に『ごめんなさい』が言える気がした。



書物に囲まれたサフィールの部屋に、ペッツは通された。
そこには、邪黒水晶で作られた調度品の類は一切なく、整然としている。床に敷かれた絨毯の上で、ペッツは体を硬くしていた。
ずっと想いを寄せていた相手に抱かれることは、ルベウスに調教されたこの体を晒すことでもあった。落胆されるのは、想像に難くない。
ペッツはルベウス以外に男を知らなかった。男嫌いだった彼女は、四姉妹の長女ということもあって周囲の男たちに恐れられていたが、そんな彼女を「気に入った」と言ってくれたのがルベウスだった。
サフィールと出会い惹かれつつあるのを見ていても、あの男は気にもしなかった。体と心は別だと。しかし、ペッツはそんな風には割り切れはしない。体を見せて、嫌われるのが怖かった。
彼女の気持ちも知らず、サフィールは青い上着をするりと脱ぎ、壁の突き出した部分に引っ掛けている。デマンドの影に隠れて目立たないとは言え、彼とて暗黒の月の一族の王子だ。仕草の一つ一つが、洗練されていた。
見とれていると、振り向いた青年と視線が合った。部屋の入り口で立ち竦むペッツの目を、じっと見つめて彼は言った。
「いいね」
「……はい」
手を引かれ、寝台まで連れて行かれる。優しく体を横たえられ、ペッツは目を閉じた。
どれほどこの時を、待ち侘びたことだろう。ヴィーナスの誘惑に負けず、自分を選んでくれた相手に、彼女は全身全霊で答えるつもりでいた。
幸福に溜め息を漏らした口を、柔らかな唇が覆う。その瞬間、全身が歓喜に震えた。高く秀でた鼻の感触が、横頬に心地良かった。
求めていた温もりがペッツを包み、やがて情熱の嵐へと誘う。互いの背中に、腕が回る。想像していたよりもずっと厚い胸板が、彼女の豊かな胸を心地良く圧迫した。
「………んっ、ふぅ……はぁ……」
甘い口付けに、腰から下の力が抜けていく。緊張に身を縮めている女性に対し、最初は触れ、吸うだけだったサフィールは、相手が和らいだのが判るとそっと舌を入れてきた。
背筋に電流が走る。頬を撫でる指先が、彼女の耳朶まで降りてくる。薄く目を開けると、彼の閉じた瞼と、髪と同じ色の長い睫を確認出来た。
口付けを交わしながら、サフィールの指が片方ずつピアスを外した。そうだ、もう、こんなものは必要ない。力が弱まるのは残念だが、彼がピアスを嫌うのなら喜んで外そう。
彼が傍にいてくれるのなら、邪黒水晶の力など必要ない。これからは彼に守ってもらい、そのぶん彼に尽くすのだ。
「ん、うっ……?」
ピアスが外されると、体がずしりと重くなったのを感じた。上半身を支えきれず寝台に沈んでいこうとする体を、サフィールが支える。
邪黒水晶の力の反動が来たのだ。不安そうに見上げるペッツに、青年は目で頷き、再び強く抱きすくめた。かしゃん、と音を立てて、ピアスが床に落下した。
舌が絡み合い、胸と胸が擦り合わされる度に、ペッツのその桃色の先端が熱く、堅くなっていくのが判った。青年は気づいたのか、抱きしめる片腕を解き、衣装の隙間からそっと手を差し入れた。
「あ、ああっ!」
冷たい掌の感触に、ペッツは思わず上擦った声を上げた。白い乳房の上を、青年の掌が這い、先端を軽く摘み上げる。
ひんやりとした指が触れると、敏感なその部分はまるで別の生き物のように反応した。触られていないはずのもう片方の乳首まで、服の上からでも明らかなほど立っていた。
青年の指が、先端を擦った。堅く反応するとすぐに離れ、その周辺を緩やかに撫でる。その動作を繰り返されるたびに、ペッツの背中は反り、唇から吐息が漏れた。
感じていることは、確実に伝わっていたらしい。青年は唇を重ねたまま、顎でペッツの胸元を押し下げて、白い胸をあらわにさせた。その後は、腕を使って腰から下へ、皮を剥くように女の裸体を曝け出していく。器用に丸められた衣装が、足首の辺りで引っかかっていた。ニ・三度引かれると、足からも抜けた。サフィールは寝台の下に無造作にそれを落とす。
脱ぎたての衣装は、周囲が寒いせいもあって、湯気を上げているかのように見える。しかしそれ以上に、ペッツの顔も上気していた。
「み……見ないで、ください」
冷たい空気を肌に感じた時、胸を覆い隠さずにはいられなかった。両腕では隠しきれないほど、彼女の胸は大きかったけれど。
噛み付いたような跡、火傷のような跡、引っかいたような跡、無数の痣───白い肌に点在する傷跡に、この青年が顔を顰めるところを、見たくはなかった。ジュピターの玉の肌が憎らしかった。お前たちは、傷つけても銀水晶の力ですぐに再生するではないか。そう言ってやりたかった。
「お願いします、灯りを、消……」
ペッツの訴えに、サフィールは頷かず、黙って彼女を抱きしめた。臍の上の傷跡に、緩やかに舌を這わせる。
痛みはなかった。ただ、申し訳ないという思いだけが胸を占めた。一族の王子である彼に、気を遣わせ、こんな真似をさせていることが。
ひたすら謝罪の言葉を口にする彼女に、サフィールは首を横に振り、一つ一つ、傷跡を吸っていった。その間にも掌が、くにゅり、と乳房を変形させる。卑猥な形に歪められた乳房は、間違いなく彼の指の仕業によるもので、その指と指の隙間から、反り立った乳首が覗いて、ペッツの顔面に晒されていた。
恥ずかしさに声が出なくなる。自分で自分のものが吸えそうなくらいに、顔に近づけられた。痛々しい傷が残る胸、けれどその先端を、ためらいなく彼は口に含んだ。
「んあ……ふ、ふうっ……さ、サフィール様……」
受け入れられた喜びに、涙が出そうになる。こんなに汚れた女を、彼は一心に愛でてくれている。
目の前に、愛しい人の頭があり、自分に快楽を与えるためにせわしなく動いている。蒼く柔らかな髪に、彼女はそっと指をうずめた。彼の頭を両腕で抱き、窒息しそうなほど自分の胸に押し付ける。無礼な行いだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
熱い舌が、裸の胸に熱を与えてくれる。揉まれ、吸われ、けれど決して乱暴ではない彼の波に、ペッツは攫われ、ただ翻弄された。
ふと、妹たちのことが頭を掠める。自分ばかりが、こんなに幸せでいいのだろうか?
優越の中に生じた後ろめたい思いが顔に出ていたのか、サフィールが気遣わしげな顔を向けてくる。
「……どうした?痛いのか?」
いえ、とペッツはかすれた声で答え、知らず溢れていた涙を拭おうとした。それより先に、青年の唇が涙を吸う。
懐かしい匂いがする。厚い胸板。耳元に感じる吐息。こんな風に、体を寄り添わせたことは初めてのはずだった。なのに、どこかで似たような体験をした覚えがある。
「ペッツ?」
「いいえ、いいえ、サフィール様。ただ……怖いのです。あなたが、突然消えて、いなくなってしまいそうで……」
彼の手を取った時、妹が背後で悲痛な叫び声を上げるのを聞いた。
判っている。ヴィーナスが、あの女狐が望んでいたのは、ブラック・ムーンの内部分裂。自分はまんまとそれに乗ってしまったわけだ。
以前から、ワイズマンの言いなりのデマンドに反感を抱いていたサフィールは、ヴィーナスと触れ合ったことがきっかけで、兄に歯向かうことを決意した。そのためにペッツは必要とされた。
判っているのだ。彼が、本当にペッツを愛しているわけではないことも。それでも、ペッツの方は心から彼を愛していた。もう二度と、彼を失いたくない。
(『二度と』?)
自分の思ったことに、彼女は疑念を抱く。そうだ、自分は一度彼を失っている。成す術もなく彼の背中を見送り、必ず帰ると信じて。
ぼんやりと壁を見る。そこには、傷一つない青い上着が掛けられ、二人の行為を静かに見守っている。
「そうかも知れないな」
ペッツの懸念を、サフィールはあっさりと肯定した。
「我ながら、損な役回りだと思っている。けれど誰かがやらねばならないことだ」
血を分けた兄に反逆を企てようと言うのに、恐怖も不安も、その表情からは読み取ることが出来ない。
「兄さんは、ワイズマンに『邪視』の力を授かり、すっかり骨抜きにされている。反応炉が暴走を始めても、構わない、続けろの一点張りだ」
くしゃりと蒼い前髪をかき混ぜながら、苛立たしげに彼は吐き捨てた。彼の忍耐を間近で見てきたペッツには、頷くことしか出来ない。サフィールの積もり積もった鬱憤が、ここに来て臨界点を超えた。ヴィーナスはあくまできっかけに過ぎない。デマンドは感情に走り過ぎるのだ。
「何度も諭しても、聞く耳を持たなかった。だからこそ、これ以上正面から踏み込むのは危険だ。僕の存在を疎んじているワイズマンに、殺される」
その単語が出た瞬間、どくん、と心臓が鳴った。血が熱くなり、胸の鼓動が早まる。
彼は腕の中にいる女性を安心させるように、「……可能性もある」と続けた。
「でも、何故かはわからないが、死ぬ気がしないんだ。今度こそあの男の化けの皮を剥ぎ、兄さんを改心させて、二人で一族の繁栄を」
言いかけて、彼は口を噤んだ。今度こそ、という自分の言葉に疑問を感じたのだと、ペッツは悟った。
蒼く澄んだ目が、一瞬だけ何かを思い出すように空を泳ぎ、再び自分を見つめた。彼女が思ったことを、彼もまた思っていた。
「変だな。君とこんな会話をするのは、初めてのはずなのに」
ふわりとした微笑みがペッツを包んだ。滅多に笑わない彼のこの笑顔も、どこか懐かしく、胸締め付けられる。
「反応炉を操ることが出来るのは僕だけだ。生かしておいた方が得なうちは、始末されることはないだろう。あとは、エスメロードか」
デマンドに惚れている女幹部の顔を思い出し、ペッツは眉を寄せた。あまり聞きたくない名前だった。
「ルベウスがいない今、彼女は是非とも味方につけておきたいところだが。どう思う、ペッツ。彼女はこちら側に来ると思うか?」
ペッツよりも明度の高いエメラルド色の髪をした妖艶な女。ルベウスを見下し、その部下であるあやかしの四姉妹をも見下していた。以前、鏡の前でペッツが髪を梳いていたら、汚い髪の色だと侮辱されたことが忘れられない。いけすかない女だ。
「……それは、ないと思われます」
来て欲しくないと言う願望が口にさせた言葉だったが、実際彼女はデマンドに身も心も捧げきっている。
「やはりそうか」
「ええ。エスメロード様は、デマンド様を心から愛しているようですから」
「自分の命よりも?」
真剣に問われ、ペッツは言葉に詰まる。
「さあ、それは……」
他人の気持ちなど知ったことではない。思いの強さは人それぞれで、目には見えないものだから。
「なら、付け入る隙はある、か……」
サフィールは、人差し指で枕に何か描いた。意味のある記号ではなく、考えに耽る時の癖なのかも知れない。
「あの……妹たちのことですが」
おずおずと申し出るペッツに、サフィールの指の動きが止まった。
カラベラスはともかく、コーアンの説得は不可能に近い。ルベウスのことしか見えていない彼女は、デマンドにこちらの計画を告げるかも知れない。もはや邪魔になった妹を、サフィールが始末すると言い出さないか、それが不安だった。あんなのでも、ペッツにとっては可愛い妹だった。
「妹たちのこれまでの数々の無礼は、全て長女である私の責任です。ですからどうか、罰するのは私だけに。あの子たちの命だけは」
言い募るペッツの唇に、サフィールは優しく指を置いた。言葉を封じられ、彼女は固まる。
「心配するな。コーアンを殺しはしない」
その名の示す通り、蒼の双眸に知性のきらめきを宿しながら、サフィールは言った。
「もう手は打ってある」



末っ子のコーアンは、普段は姉たちにべったりで、ルベウス以外の幹部とまともに交流を深めてこなかった。
今となってはそれが悔やまれる。こんな時、相談できるような相手がいない。
歳の近かったベルチェはもういない、ペッツはサフィールに骨抜き、一族の誰よりも崇拝していたルベウスは、マーズ如きを庇って死んでしまった。
地球侵略を開始してから、こちらも予想外の損害を被ってきたが、それでもセーラー戦士たちの力を奪うことには成功し、計画は順調に進んでいた。
一体、どこで間違えてしまったのだろう。よりにもよって、デマンドの片腕であったサフィールが、姉を誑かして謀反を目論むとは。ワイズマンが危険な存在であることは気づいている。それでも、与えてくれる情報や力が大きかったから、デマンドは見逃していたのだ。
今ここでサフィールが反乱など起こしたら、今まで積み重ねてきたことが全て無駄になる。ブラック・ムーン一族内部での、血生臭い権力争い。そして牙城の崩壊。地球の支配を前にして、同族同士の殺し合いなど冗談ではない。巻き込まれるのはごめんだ。
(サフィール様が我慢していれば良かったのよ!)
シスコンの気がある彼女の怒りは、ペッツではなく、あの青年にしか向かない。
ワイズマンが何を企んでいようと、兄にどんなに不満があろうと、大人しく影となり支えるのが弟の役目ではないか。同じ王子でありながら、『プリンス・サフィール』と名乗らないのは、王位を継ぐ者の影に徹することを決めたサフィールの決意の表れだと思っていた。
それなのに、急に気が変わった?きっと、あのヴィーナスのせいだ。プリンセスの影武者であり、サフィールと同じく影の存在であるあの女が、彼を唆したに違いない。
デマンドに進言しても、恐らく無駄だ。コーアンの言うことと実の弟、どちらを信じるかは明白である。エスメロードも駄目だ。面倒だから、姉のペッツもろとも消してしまえと言ってくるに決まっている。
今のコーアンが頼れるのは、カラベラスしかいなかった。子供を産んで以来まともに口を利いていないが、他の幹部たちに話すくらいなら、実の姉の方がずっと信頼できる。
カラベラスの部屋へ一直線に向かおうとした彼女は、通路を曲がったところで乱暴に肩を掴まれた。
「痛っ……!」
が、顔を見て、ほっと息をつく。それは、マーキュリーたちの陵辱に使用した男たちの一人だった。
失敗作のドロイド、と言った方がふさわしい。意思を持ち言葉を操り、生殖能力がある。人間とほとんど変わらない機能を持つが、生みの親であるサフィールがこれは人道に反すると言って廃棄しかけた。
しかしデマンドは尖兵として利用できると考え、城内で密かに飼っていた。それを、コーアンが勝手に連れ出してきたのだ。サフィールが怒っているのはそのせいもある。
「な、なんだ、おまえだったの。もう用はないわ、元いた場所に帰……」
背後からもう一つの腕が伸びてきて、コーアンの胸を鷲掴みにした。悲鳴を上げる彼女の耳に、生暖かい息がかかる。
「そうはいきませんよコーアン様。俺たち、とうとう処分されることになりました」
胸を掴んだ男がそう言って、恨みのこもった拳を彼女の腹部に打ち込んだ。
「ぐ、あ……!」
不意打ちに、コーアンは体を二つ折りにし、口から唾を吐いた。男は素早く彼女のピアスを外し、向かい合った男が彼女の両足を持ち上げた。
ピアスを奪われては、自慢の炎がすぐには出せない。男たちは二人がかりで、角の空いている部屋までコーアンを連れ込んだ。
そこはマーキュリーたちを犯すのに使っていた部屋で、薄暗い中にはまだ残りの男たちが、裸のまま待ち構えていた。
「ん、ぐ……ううう!!」
鼻と口を覆われ、何もできないありさまに愕然とする。体が鉛のように重い。いつの間にか、ここまで無力な女に成り下がっていたのか。邪黒水晶に頼り切っていた己の甘さを、コーアンは思い知らされた。
扉が閉められ、暗闇の中にコーアンは四つんばいにさせられた。頭上から、男たちの責める声が降ってくる。
「あのまま倉庫にいれば兵として生き延びられたのに、あんたが大丈夫だって言うから」
「そうだ、そうだ。どう責任取ってくれるんだ、ええ!?」
これまで彼女にこき使われていた男たちは、処刑の日を間近に控えて、自棄を起こしたらしい。みな、恐ろしく血走った目でコーアンを見下ろした。
床に押さえつけられ、辛うじて口を自由にさせられたコーアンは、腹の痛みを抑えながら気丈にも叫んだ。
「お、お前たち、こんなことをして只で済むと……!」
「うるさい!!」
猫の耳のような紫の髪を、無理に引っ張られた。
「どうせ殺されるなら、最後にもう一度、いい思いをしてもいいよなあ!」



唇に置かれた指が、ペッツの耳へと移動する。痛々しく穴の開いた部分に沿って撫でられただけで、足の間がじわりと熱くなった。
懇願を重ねるはずだった口からは、もう吐息しか漏れない。彼は、ペッツに何事も問わせなかった。妹たちを導くために苦労を重ねてきた女に、これ以上何も考えさせまいとしているかのように。
邪黒水晶によって蝕まれていた体は、最初のうちこそ動くたびにペッツに負担を与えたが、彼の優しい愛撫はそれにも勝る快楽だった。サフィールはきっと、これを教えようとしてくれたのだ。一族の力になるために、デマンドに言われるままに邪黒水晶の力に頼ったことが、ひどく愚かに思えた。
足を開かれた時、懐かしく切ない感覚が背筋を走り抜けた。ルベウスが死んでからは、もの足りず、暇を見ては自分を慰めていた。その淫らな自分のこの部分が青年にはどう見えているか、想像するのが怖い。
見ないでください、とはもう言えなかった。充分過ぎるほどの恩赦に加えて、罰と呼ぶにはそぐわない行為を受け、この上で彼に嫌われるのが怖い、などと考えるのは贅沢にも程がある。
「……っ、あっ?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。とめどなく蜜を垂らす秘唇に、サフィールの熱い舌が触れていた。
指は使わず、柔らかい花弁を傷つけぬように、舌先でゆっくりと感じる部分を探っている。その現状を目の当たりにしたペッツは、感じる以前に悲鳴のような声を上げた。
「お、おやめください……そ、そんな、あなた様にそんな…………っ!」
信じがたい光景だった。ずっと憧れていた聡明で気高い人が、自分の一番汚い部分を舐めている。恐れ多さと勿体無さに、ペッツの頭は恐慌状態に陥った。
ヴィーナスに、同種の行為をされているのは見たことがある。あれは明らかに、ヴィーナスの方がサフィールに媚びているのがわかったから、それほど腹は立たなかった。これでは逆だ。彼はあくまでも、人に尽くされるのが似合う人物でなければならなかった。人の上に立ち、星を支配するべく生まれた者は、そうあるべきなのだ。こんな、下っ端がするような真似を、彼にはさせられない。
真っ赤になって首を横に振り、頭を押しのけようとするものの、サフィールは足を離さなかった。嫌だと言えないのを、彼は知っている。
恥ずかしいことに、恐縮してはいてもペッツの女の部分からは、また新たに半透明の滑らかな液体が溢れてきている。それが彼の鼻先や唇を、整った顔立ちを汚してしまうのを、どこか誇らしく感じている自分がいる。
相手を汚して喜ぶのは男だけだと思っていた。それがペッツの男嫌いの原点であったのに、今自分は愛しい人にこんなことをさせて明らかに悦んでいる。
「……っ、あっ、そ、そこは……」
豆のように突き出した敏感な箇所を探り当てられた。ちゅる、といやらしい音を立てて吸われると、たまらずペッツは身悶えた。
膣の中よりも、彼女にとってはそこが一番感じる場所だった。同時に最も傷つきやすい場所だから、自分でさえも指で弄り過ぎて後悔することもあった。
張型も指も堅すぎて痛い、もっと柔らかいもので擦りたい。けれどどんなに体を屈めても口は届かない、そんなもどかしさを何度も味わった。誰かがこんな風に舌で弄ってくれたら。ずっと抱いていた妄念を見透かしたかのように、サフィールは舌先で玉を転がす。
叶うはずのなかった淫らな欲望が、今、最も望んでいた形で現実となっている。
「ふ……あ、あふっ……い、いい……」
丁重に辞退すべきと訴える理性を、あっさりと本能が蹴飛ばした。この快楽の前には、そんなものは無意味だった。
角度を変えて、何度も突付かれる。柔らかな粘膜をめくり開かれ、幾重にも重なった溝をなぞるように舌が動いた。その度にペッツの背中は痙攣し、上向いた白い乳房が弾んで揺れた。
「舌の方がいいのかな。中に挿れるより、外側をこうして舐めた方が」
彼女の弱点を見抜いたサフィールは、口を離してそう言った。唐突に愛撫を中断された秘唇は、彼の吐息を浴びて名残惜しそうにヒクヒクと蠕動している。
ルベウスに乱暴に扱われていたとは言え、ペッツ個人は決して荒々しい行為を望むわけではない。相手の性癖にすんなり染まるほど、女は単純ではないのだ。ましてや、子供を産むことを視野に入れるなら、危険な行為は拒むに越したことはない。
「い、いえ……サフィール様のお好きなように……」
女の体に負担がかからないようにしてくれる。そんな当たり前の性行為を、彼女は体験したことがなかった。これ以上気を遣わせるわけにはいかない。もっと舐めて欲しいと、濡れた秘唇が訴えかけているのを無理に押さえつけて、ペッツはそう言葉に乗せた。
ヴィーナスが、リーダーとしての立場に悩み、進んで暴行を受けた理由が、わかる気がする。こうして大切に扱われるたびに、長姉としての責任や何やらが、全て瓦解していきそうで、ただの駄目な女になってしまいそうで怖い。妹たちが傷ついていくのを見ているだけで、長女の責任を果たせなかった自分が、一番幸福な思いをしているのが辛い。
───あたしたちは、分かり合えないの?
───くどい!許せるものか!!
カラベラス出産の際に、ヴィーナスと交わした会話が蘇る。あれほど邪魔に思っていた相手に、共感を覚え始めているのが我ながら不思議だった。サフィールの心があの娘に向いていないと判った今なら、彼女とも分かり合えるかも知れない。
「遠慮しなくていい。僕は、ルベウスとは違う」
怒ったような声音に、ペッツは目を瞠った。単純な怒りというより、拗ねたような響きをそこに感じ取ったからだ。
ルベウスとの関係を知りながら責めないのは、ペッツ自身に何の興味もないからだと思っていた。けれど、やはり気になるのだろうか。困惑している彼女を見て、サフィールは苦笑した。
「君は僕の事を、氷のように感情のない男とでも思っていたのか」
「いえ、そんな!」
「……僕だって、嫉妬ぐらいするさ」
今、信じられぬ言葉を聞いたような気がするが、きっと気のせいだろう。ピアスを外した影響で、幻聴でも起こしたに違いない。
サフィールは再び顔を埋めた。照れ隠しだろうか、今度は先ほどよりやや強く吸われる。吸われるほどに肉芽は膨張し、さらに強い刺激を求めてそそり立つ。頭の中で、何度も彼の言葉が巡っているにも関わらず、考えに沈ませてはくれなかった。弄られて赤くなったそこから、大量の蜜が吹き出して敷布を濡らした。
(嫉妬……?サフィール様が、この私に?)
幸福に、息が詰まりそうだった。喩え嘘でも、一時の気まぐれであっても、悦びに涙が止まらない。上だけではなく、下からも水が出ていた。腹に力を入れても、抑え切れない。お漏らしのように大量に出てきた。
荒い呼吸を漏らしながら、ペッツは瞳に涙を浮かべ、目で青年に訴えた。既に、彼を受け入れる準備は出来ている。この、冷静な中にも熱を持っている青年と、繋がりたいと強く感じた。それは彼女にとってルベウスとの決別と、デマンドに歯向かう決意の現われでもあった。
サフィールは頷くと、もう一度秘唇に口付けてから、体を離した。暗闇で、男性の影がごそごそと蠢く。スマートに下を脱衣し、床に落とす音が聞こえた。
ペッツは直視できず、処女のように赤くなったまま顔を逸らしていた。彼女はサフィールのことを、侵してはいけない聖域のように感じていた。そんな彼の男性の部分をまともに目にしたら、心臓が止まってしまいそうだった。
再び覆い被さってくる裸の胸と、足の間にあてがわれた堅い感触を感じた時、思わず背筋が伸びた。向き合った彼の顔は相変わらず落ち着いており、呼吸も穏やかだ。とても、これから女に挿入しようとしている男には見えない。
「サ……サフィール様」
彼の言葉を信じたいのに、同時に彼が怖く、失うのが恐ろしい。
「ん?」
「本当に、コーアンをお許し下さるのですか……?」
聞きたいのはそんなことではない。好きな人の前でいい女ぶろうとする、自分の見栄っ張りな性格がつい出てしまった。
妹たちのことより、知りたいのは彼の本心だ。二人を生かしておくのは、ペッツが『駄目だった』場合を考えてのことではないのか。彼女は四姉妹の長女、つまり最も年がいっている。ペッツに子供が出来なければ、コーアンたちを代わりに。そのために生かしておくと考えるのは、ごく自然なことだ。
無事に子供が産めたとしても、出産のために体が崩れ、女としての魅力が失われれば、きっと妹たちの元へ行く。それを思うと、胸が引き裂かれるように苦しい。元々、他の姉妹と比べて女らしさに欠けることを、ペッツは気にしていた。ジュピターと同じような悩みで、だからこそ自分より若いあの少女を痛めつけたくなった。
「心配するなと言っただろう。カラベラスに言い含めてあるから」
「カラベラスに?」
コーアンは、人間の子供を産んですっかり母の顔をしているカラベラスに、以前の棘がなくなったと反発していた。そんな彼女の説得など、聞くとは思えないが。
考えに沈むペッツの耳を、サフィールの言葉が打った。
「……そろそろ、いいかな」
言われて、ペッツはまともにサフィールの下半身を見てしまった。落ち着いた言葉とは裏腹に、男性の部分が逞しく反り起ち、中に入ろうと待ち構えている。
情事に余計な口を挟み、ずっとこの状態で待たせていたことに気づき、彼女は一気に青ざめた。
「も、申し訳ありません!」
焦らされるのがどんなに辛いか、彼女は身を以って知っている。部下の勤めも忘れて、自分のことばかり考えていた。慌てて足を開いて、彼を受け入れるべく歯を食いしばった。サフィールは上半身を倒し、指で秘唇を広げながら彼女の中に入っていく。
「さっきから、謝ってばかりだ。妹たちの前では、あんなに堂々としているのに」
「そ……れは、サフィール様が…………あ、あんっ!」
濡れた粘膜に、堅いものが入ってくる。陰核を押し上げられる快楽に、ペッツは嬌声を上げた。
膣内が、彼の質量感ある温もりに包まれたのが判った。ペッツの中で、紛れもない彼の分身が脈打っている。
中で感じることが出来ない彼女の体質を理解したサフィールは、挿入しながらも指で愛撫を続けることを忘れなかった。舌は届かないから、代わりにとでも言うように、指の腹で丁寧に突起を扱く。
「くっ………あ、ああ」
「僕が?」
問いかけながら、サフィールはペッツの腰の下に枕を押し込み、下半身を浮き上がらせた。より深く入れやすいようにしてから、腰を打ち付ける。
「ん、あ!ふ、不安にさせ、る………ことばかり、仰るから、わ、私は………」
結合部から、ジュクジュクと卑猥な音が漏れている。下からは男性器で突き上げられ、上からは指で擦られ、彼女は目の前が白くなるほどの恍惚に包まれた。
「………ん、ああふ、ふあああっ」
自分のものではないような情けない声が、唇から零れる。サフィールは、妹たちに号令を与えている時の、凛々しいペッツしか知らない。一挙手一投足に淫らな声を上げている彼女を、興味深げに見ている。
「そんな顔も出来るとは………」
感心したような言葉が恥ずかしかったけれど、それにも増して、自分に興味を持ってくれていることが嬉しかった。ふと、彼の口の中が先ほどの行為で汚れたことに気づき、自ら唇を求めた。ペッツの意図を察し、彼は微笑む。
「んっ………ふ、う………」
唇をすり合わせ、舌を絡めると、自分と同じ味がした。鼻に、耳に、額に、数え切れないほどの口付けを交わしながら、二人の体は縺れ合い、性の感覚を一つにした。
繊細な顔には不似合いなほど、彼は逞しく、求められるがままにペッツを貫いた。痛みはなく、ただ心地よい熱と衝動だけが彼女の全身を揺さぶった。
「ああ、んっ!そこ………もっと、もっと……」
注文をつけられても、彼は怒らなかった。望んでいる快楽を、確実に与えてくれる。これが愛されるということなのだと、ペッツは強く思った。太腿を掴んでいた両手が腰へと回る。臍同士を押し付けられた時、下腹部が振動で波打っているのを感じた。
「も、もう………好き、好きです………サフィール様、ああっ、お、お慕いしております………!!」
口に出せなかった想いを、ペッツはとうとう叫んだ。求められたから応えたのではなく、自ら邪な想いを抱いていたのだと言う事を、明らかにした。
彼女はずっと、ヴィーナスが羨ましかったのだ。拒まれるのが怖くて自分を戒めていたペッツと違い、正面から相手にぶつかって傷つくことが出来るあの少女に。
想いに応えるかのように、青年の動きが激しくなった。子供を、という彼の願いを叶えるべく、彼女は自ら腰を振って彼を導いた。
「ん、ふうっ………チュ、チュ………んっ、はあ、んチュ………」
濡れた唇が泡を吹くまで、強く吸い、舌を絡め合う。デマンドに影のように寄り添うこの男性を、今だけはペッツが独り占めしていた。胸を撫でるこの細い指も、意外に逞しい胸も、柔らかい髪質も静かな声も、優しい蒼い瞳も。全部自分のものだ。誰にも渡したくない。
失うかも知れないという不安が翳る心を、快楽が塗り替えていく。一刻も早く満たされたかった。熱い迸りを、早く自分の中に放って欲しかった。
膣内のある部分を突かれた時、目の前に白い光が瞬いた。
「ふ、あっ!」
自分でも気づかなかった新たな性感帯を、サフィールは探り当てたようだった。そこを中心に、じわじわと快感が広がってゆく。
「な、なんで、そこっ………ああっ、んっ?も、あああ、ひっ」
下品な声を上げるのを止める事が出来ず、奥まで突くことをねだるように、足がどんどん広がってゆく。
サフィールは律儀に、繰り返し繰り返し、そこを責めた。そして、いつも彼の前では畏まっているペッツの表情が蕩けていくのを、粒さに観察している。
「……可愛いな」
つい漏らした本音の感想は、幸か不幸か、蕩け切っているペッツの耳には聞こえなかった。それほどに彼女には余裕がなかった。何もかもを知られ、曝け出され、それでもこの青年になら構わないという甘えが、あやかしの四姉妹の長女を、本当の意味で女に目覚めさせた。
一族の未来も、セーラー戦士たちのことも、全てどうでもよくなっていた。今はただ、目の前のこの温もりだけを求めた。
「あっ、あ、も、もう………い、いや、変にっ、なりますっ」
腰が突き出されるたびに、豊かな胸がたぷんと揺れ、汗を散らした。自分が自分でなくなってしまうような感覚に、耐えられなくなったペッツは目の前の青年に縋りついた。
「なればいい、もっと。君は真面目すぎる。何もかもを背負わずに、もっと楽にしていればいい」
「さ、サフィール様、こそ………」
この人に労わられるだけでなく、隣に立ちたかった。近いのに、近づけない。体は確かに繋がっているのに、まだ壁を感じる。もどかしい思いが喉をつき、切ない思いが胸を焼いた。
「私、を、頼ってくだ、さい。もっと、な、な、中に、中で………」
膣の中で、次第に大きくなっていく彼自身を感じ、それがそのまま言葉になってしまう。
「あ、あぁ………こ、こんなに………」
しがみ付いたまま、感動に震える彼女の耳元で、サフィールが囁いた。
「嫌なら、このまま抜く」
嫌なはずがなかった。ください、と彼女は呟き、あなたの子供を、と付け加えた。
「中に、下さい……ほ、欲しいのです、あ、あなたの………」
消え入りそうな声で言うペッツの腰を、サフィールは抱え、女が望むものを確実に注いだ。
熱く潤っていた膣が、愛しい人の情熱の迸りを余すところなく受け止める。滑らかな腿がびくりと震え、しばし動きを止めた。繋がった部分から、白い液体が糸を引いて垂れる。
「あ、ああっ………!!」
恍惚とした表情をしているペッツの頬に、また涙が伝った。
強張っていた体から力が抜け、青年の胸にがっくりと崩れ落ちる。ほつれたまとめ髪が、頬に乱れかかった。



「ダルク・ビュート」
長い鞭をしならせると、複数の悲鳴が上がった。
カラベラスは構わずに更に腕を振るった。まるで蝿でも追うように、しなやかに滑らかに。狭い部屋の中を、蛇のごとき凶器が縦横無尽に駆け巡る。
鞭使いである彼女の力は腕力によるものが大きく、炎や水を操ることが出来ない分、邪黒水晶の影響をあまり受けないという利点があった。
男たちの体が寸断され、無機物の塊となってゴトゴトと床に落ちてくる。今まさに女を犯そうとしていた無様な前屈みの体制のままで首を切られ、股間を屹立させたまま下半身を切り裂かれ、出来損ないのドロイドたちはただのモノと化した。
出産後体力が落ちたとは言え、カラベラスにとってこの程度の相手なら雑作もない。ヒトの形すら残さぬよう、部屋の中の全ての陵辱者たちを切り刻んでしまうと、後には黒ずんだ水晶のかけらしか残らなかった。
「あの子にも、見せてあげたいこの勇姿」
別室に寝かせてある子供を思って一句詠みながら、カラベラスはそそくさと鞭を束ねた。
女を陵辱するためだけに用意された男たち。マーキュリーたちが孕んでいようがいまいが、子供を育てるのに無能な父親など不要だ。種付けしか頭にない存在など、生かしていても仕方ない。
そして、下に視線を落とした。末の妹は情けないことに、床の上で頭を抱えて震えている。邪黒水晶に頼り切って鍛錬を怠った者の、なれの果てがこれか。以前の彼女であれば、あんな連中は余裕で捻り潰していただろうに。
「危なかったわね、コーアン。大丈夫?」
優しく声をかけてやると、妹は弾かれたように顔を上げた。助けられたのが判ると、単純に顔を輝かせる。
「カ、カラベラスお姉さまっ!」
しがみ付いて来る妹を多少鬱陶しく思いながらも、カラベラスは微笑んだ。
「サフィール様のご命令で、見張っていて良かったわ。あなたは他人の恨みを買いやすいんだから、気をつけなさい」
優しく告げると、妹は間の抜けた顔をした。
「サフィール様が……?」
無理もない。まさにそのサフィールについて相談するために、彼女は姉を頼ろうとしたのだから。
しかし彼の方が一枚も二枚も上手であった。孤立したコーアンがカラベラスの元を訪れることなど、先に見抜いており、それより前にカラベラスを味方につけていたのだ。
床に落ちている邪黒水晶のピアスを、カラベラスはそっと拾い上げた。彼女の耳には、既にそれがない。気づいたコーアンは不審の目を向ける。
「お姉さま、まさか」
「もうこんなものは必要ないでしょう、コーアン?過ぎた力が身を滅ぼすってこと、まだわからない?」
穏やかに言いながら、カラベラスは妹の耳朶を撫でる。まだ混乱している様子だったコーアンは、我に返ると勢いよく姉の手を振り払った。
「お、お姉さままで、デマンド様を裏切る気なのね!?どうして、どうしてみんな……!」
カラベラスが邪黒水晶を外すことを決めたのは、子供の体にあまり良い影響を及ぼさないからだ。だがコーアンにとってこのピアスを外すことは、ルベウスを忘れることにも等しいのだろう。
カラベラスとてルベウスには恋していたし、何度か抜け駆けもした。けれど子供が産まれた今は、あの子のことが一番大事だ。いつまでも過去の恋に縛られているなど馬鹿らしいことだし、ルベウスとてそんな辛気臭い女は嫌いだろう。死んだ彼の分まで生きることが、残された者の勤めだ。
サフィールは、カラベラスの子供を真っ先に容認してくれて、あまりいい顔をしない兄に逆らってまで、子供のためにより良い環境を提供してくれた。今後、親子で生き延びるために、どちらに着いた方が得かは明らかだ。
「裏切る、だなんて、大げさね。サフィール様は何も、玉座を奪おうだなんてお考えではないでしょう」
サフィールがそんな大それたことを考えているのであれば、カラベラスも反対したかも知れない。けれど彼は、そんな野心を持つ人物ではない。研究が好きで、穏やかで争いを好まない。彼になら、姉のペッツを任せられる。
「デマンド様を諌めたい、誤った道に進もうとしているのを防ぎたいって、純粋な兄弟愛じゃない。それとも、デマンド様に歯向かおうとしている証拠でもあるの?」
「そ、それは……」
口ごもるコーアンを見て、カラベラスはほくそ笑んだ。実際、証拠など何もない。あの頭のいい男性が、そう簡単に尻尾を出すはずがないのだ。ただ彼女は勘が鋭いから、ペッツに同衾を持ちかけたサフィールを見て、らしくない、これは危険だと感じただけのことだろう。
その予感は的中していて、だからこそカラベラスは今ここに立っているのだが、目に見える証を立てなければデマンドを動かすことは出来ない。
「ね?ただのあなたの思い込み、言ってみれば被害妄想でしょ?」
カラベラスは妹の頭をよしよしと撫でた。
「ペッツお姉さまを取られたような気になって、ちょっと神経が過敏になってるだけよ。勝利が間近に迫った今、無駄な揉め事は起こしたくないでしょう?」
諭す言葉に、コーアンは俯く。彼女は、今までも一人で先走って、幹部たちに迷惑をかけたことがあった。そこを突いてやれば、大人しくなるはず。
「……わかりましたわ。でもお姉さま、そのピアスだけは返して下さい」
「コーアン……」
「邪黒水晶が危険なオモチャだってことぐらい、わかってますわ」
震える声でコーアンは言い、自らの体を抱きしめた。これは持ち主のパワーを増幅させてはくれるけれど、負の気を発し、力を吸い取られる。だから、持ち主の力を超えるものを身に着ければ、命すら奪うこともあるのだ。
「でも、これを着けている時だけは、ルベウス様とつながっているように感じるんですもの。少しぐらい体を悪くしたって、私はあの方の面影を……!」
やはり、妹のルベウスへの想いは、想像を超えるものがある。これではいずれ、彼の後を追うことになるかも知れない。姉として、出来ればそれは避けたかった。ペッツ同様、「駄目な子ほど可愛い」という厄介な感情を、彼女は妹に対して抱いていた。
「そんなに、ルベウス様に会いたい?」
「当たり前ですわ!」
泣きそうになっているコーアンの手を、カラベラスはそっと引いた。
「なら、私の部屋にいらっしゃい。いいものを見せてあげる」

カラベラスの部屋の入り口には、占い師の館さながらに、黒いカーテンがかけられている。
それを潜って中に入ると、彼女は後に続く妹を振り返った。
「あまり大きな声を出さないようにね。子供が起きるから」
部屋の隅には、サフィールが新調してくれた寝台が置いてある。その上では乳をたらふく飲んだ赤子が、気持ち良さそうな寝息を立てていた。
この部屋自体、カラベラスとその子のために新たに用意してくれたもので、全ての調度品が地球のそれを真似て作られている。地球人の血を引く子供の体に配慮してのことだった。
ピアスを外してこの清潔な部屋に移って以来、カラベラスはすこぶる体調が良い。最初は子供のためにと我慢していたのだが、今では邪黒水晶に囲まれている部屋にいる方が、気分が悪くなるくらいだ。
これほどの気遣いが出来るのだから、サフィールはきっと良い父親になる。カラベラスは、姉の恋の成就を心から祝福していた。
「子供が生まれると、なんでもその子中心の生活になってしまうのですわね」
一方、妹は暗い表情で不満をこぼした。その口調には変わり果てた姉たちに対する、嫉妬と羨望が込められている。
「いいじゃないの、私は充分幸せよ。新しい命を産み育てていくなんて使命、男なんかには絶対に出来ないことだわ」
言いながら、カラベラスは妹を説得する準備に入った。壁沿いに並んだ棚から、てきぱきと掃除道具を取り出す。
「何が始まるんですの」
「いいから、見てらっしゃい」
テーブルの上を簡単に片付けてクロスを敷き、違う棚の扉を開く。
横一列に並べられた四つのシャーレには、それぞれ異なった色の宝石が入っていた。王者の貫禄を湛えるダイヤモンド、禍々しいまでに紅いルビー、静謐な輝きのサファイア、艶めかしいエメラルド……。
ブラック・ムーンの幹部たちを象徴する石の数々に、コーアンは息を呑んだ。彼女の視線は、他の三つの石には目もくれず、ただ紅いルビーだけを凝視している。
カラベラスは紅い石の入ったシャーレを取り出すと、クロスの上に置いた。
「まさか、交霊を?」
期待と不安の入り混じった顔が、こちらへと向けられる。
「知っているでしょう。私は『霊媒のカラベラス』。ルベウス様を蘇らせる事は無理でも、魂を召喚するのは可能だわ」
言って、彼女は椅子を引き寄せ、テーブルの前に座りこんだ。胸の前で手を組み、口の中で何事か呟く。
こうしていると、昔のことを思い出す。ルベウスはちょくちょく部屋に来て、カラベラスの肩を後ろから抱いて、からかうような言葉を投げかけてきた。
『死んだ奴なんか呼び出して何が楽しいんだ?』
刹那的な生き方をする彼らしい感想だった。邪黒水晶によって抑えつけられていた精神力が解放され、カラベラスの霊媒能力は確実に上がっている。それでも、未練を残している魂ならいざ知らず、目的を達成して逝った彼を召喚するのは、かなりの努力が要った。
薄暗い部屋の中、紅い石がぼうっと発光する。死してなお強烈な存在感を示す彼の上半身が、たちまちに闇の中に浮かび上がる。
「ルベウス様っ!!」
あれほど大きな声を出すなと言ったのに、案の定コーアンは身を乗り出して叫んだ。祈りに集中するために、カラベラスは嗜めることが出来ない。
別れた時と何ら変わらない、紅い髪が揺らめいている。言葉を交わすことは出来なくとも、コーアンには感じるものがあったのだろう。両腕を伸ばし、彼に抱きつこうとした指が空しくすり抜けた。
彼の表情はコーアンたちを捉えることはなく、前だけを見ている。この場にセーラーマーズがいたら、どんな反応を示しただろう。
あぁああ、と赤子が泣き出した。カラベラスは肩を落とし、立ち上がると寝台へと歩み寄った。
「ほら、だから静かにしなさいと……」
赤子を抱き上げて、振り返る。コーアンは聞いていなかった。触れることも出来ない想い人の姿を、うっとりと見上げている。
その顔を見ていると、それ以上妹を叱ることは出来なかった。気持ちを伝えることも出来ず他の女に横取りされたまま、好きな人を失ったコーアンには、同情を禁じえない。それに比べて彼女が大切に思う存在は、温かく、確かに手の内にある。
「夢じゃ、ありませんのね。本当に……ルベウス様ですのね」
マーキュリーたちを陵辱し、セーラー戦士を人とも思わない残虐な女は、その場にひざまずいて感激した。カラベラスは複雑な思いでそれを見守っていた。
コーアンは、姉たちを変わってしまったと詰るが、変わらない想いを胸に抱いて立ち止まっていることが本当に幸福なのだろうか。
「ありがとう、お姉さま。ありがとう……」
こちらが居心地が悪くなるほど素直に、コーアンは姉に向かって礼の言葉を述べた。ネメシスには立体映像を作る技術が存在するが、ルベウスは己のデータを残されることを好まず、写真どころか、絵姿一枚残っていない。
こんな手段でも使わない限り、彼の姿を再び目にすることは叶わない。どれほど文明が進歩しても、所詮ヒトはヒトなのだと思い知らされる。失った命は、二度と戻らない。
「お礼ならサフィール様に言いなさいな」
妹に同情しつつも、カラベラスはここぞとばかりに青年の名を出した。
「私の体調が速やかに回復したのも、ルベウス様の降霊に成功したのも、全てあの方が私と子供を保護して下さったおかげなのよ」
プリンス・デマンドは気まぐれで感情的だ。子供を認めてはいるものの、いつ切り捨てるか知れない。サフィールの存在は、少なくとも子供が成長するまでの間は、カラベラスにとって拠り所であった。そしてもちろん、姉のペッツにとっても。
今の自分がすべきことは、コーアンを思いとどまらせること。彼女のようなタイプには、何かを命令するより、何もするなと指示する方が難しい。
「もっと力がつけば、言葉を交わすことも可能になるかも知れないわ。今はこれだけで我慢してね」
赤子をあやしながら言ってやると、妹の目に光が灯る。
「ほん、と……?」
宙に浮いているルベウスの魂と姉の顔を、交互に見比べる。既に、何のために姉を訪ねたのか忘れかけているようだった。
「ええ。ただし、あなたがサフィール様の邪魔をしないと、約束してくれるなら」
あの青年が何を始めようとしているのか、正直に言ってカラベラスにも判らない。ただ、姉妹たちの安全を保障すると言ってくれた彼を、カラベラスは信じようと思った。何もしなくていい、ただ任せていれば楽が出来る。育児だけに集中したい彼女には、願ってもないことだった。ルベウスの駒となって働いていた時には、考えられないほどの幸せだった。
コーアンは戸惑う表情を見せた。好きな人にいつでも会えるかも知れないという期待と、デマンドに逆らうという恐怖を秤にかけて、迷っている。
デマンドは、ワイズマンに言われるままにピアスを装着し、それを部下たちにも支給し、圧倒的な力を手に入れた。ただ一人サフィールだけはそれに反抗し、暴力に頼らず自らの技術のみでデマンドを納得させ、今の地位を固めた。
「で、でも……ピアスをしていないと、反抗の証と見なされて……」
コーアンが気にしているのはまさにその点だろう。サフィールが許されているのは、デマンドの実弟であることと、ドロイド製作に彼の能力が欠かせないものであるからだ。姉妹たちが同じ行為をすれば、即座にデマンドに目をつけられる。
「馬鹿ね。そのくらい、サフィール様だってわかってらっしゃるわよ」
あなたじゃあるまいし。
言葉の後半は口に乗せずに、カラベラスは言って、棚の引き出しを開けた。コーアンから奪ったものと同じ形状のピアスを取り出し、妹に渡す。
「これは……」
「もちろん、何の力も宿っていないわ。サフィール様手ずからお作りになられた、偽のピアスよ」
掌に乗せてしげしげと眺めて、その精巧ぶりにコーアンは言葉を失う。今まで着けていた彼女すらも、本物との区別がつかないようだ。
「さすがは技術者よね。しかも、本物よりずっと軽いでしょう。私たちの体に負担をかけないよう、考えて作られてる」
セーラー戦士たちの現状を鑑みれば、姉妹たちが前線に出て戦うことは当分ないと考えられる。デマンドの前に出る時は、これを着けていれば問題ない。
「今しがた襲われてみて、自分の無力さがわかったでしょう。ワイズマンに与えられたオモチャに頼るのはやめて、本来の力を取り戻すべきよ」
眼鏡をかけるのはしばらく止めて目の筋肉を鍛えろ、とでも言うように、カラベラスはコーアンに語りかけた。ルベウスとの思い出のために形あるものが必要だと言うのなら、中身が偽者でも、着けているだけで随分気持ちが違うはずだ。
「ほら、着けて御覧なさい」
促されるままに、コーアンは偽のピアスを耳に装着した。本物を外されたばかりの真新しい傷口に、それはすんなりと嵌まる。
あの青年が、イミテーションを拵えてまで姉妹たちにピアスを外させる、本当の理由。それは、彼女たちの戦闘力を削ぐために他ならなかった。ピアスを外したカラベラスたちは、せいぜい超能力に毛が生えた程度の力しか持たない。
それでも構わない、と今は思えた。多分ペッツも同じ気持ちだ。男への忠誠の証として無力な女に成り下がることは、今の二人は特に何とも思わない。守ってもらうために、こちらも出来る限りの誠意を見せるのは当然だ。
女に「力を持つな」と言いながら、守り切れなくなった途端「自分の身は自分で守れ」と逃げ出す男もいるが、サフィールがそうした男性ではないことは判っている。上に立つ者の責任として、多分最後まで姉妹たちを守ってくれる。だからこそ、安心して戦うための力を捨てられる。
ピアスを嵌めたコーアンは、ルベウスの霊を前にして小さく呟いた。
「見て、お姉さま。ルベウス様が笑ったわ」
そう見えただけでしょう、と言いかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。妹の顔には、ようやく安らぎを見出した者特有の、安堵が滲んでいたからだ。
「私、あの方を誤解していたみたい。ここまで私たちのことを、考えていてくださったなんて知らなかった」
「そうね」
あの青年の闇の部分をカラベラスは知っているが、それを妹に教えてやる必要はない。
「サフィール様に、お礼を言わないと………」
穏やかな顔で告げる妹を見て、カラベラスは微笑んだ。




タキシード仮面の攻撃により、傷ついたエスメロードが辿りついたのは、ブラック・ムーンの城の最奥部だった。
ボディコンの衣装がぼろぼろに千切れ、白い胸が露になっていた。怒りと屈辱に頬を染め、彼女は壁沿いに這うように歩き、その場所に達した。相手の男を逃しただけでなく、銀水晶までも奪われた。一体、どの面を下げてデマンドに会えばいいのだろうか。
あの冷たい目が自分を見下ろして、「消えろ」と言う瞬間を、彼女は何よりも恐れていた。それを避けるために、彼女はより強い力を求めていた。
ヒールの踵が硬い音を立てる。直撃を食らったから、足が思うように動かない。
「……はあ、はあ……あっ、はあ」
息を切らし、エメラルド色の髪を振り乱して、力の限りにその名を呼ぶ。
「ワイズマン!いるのでしょう!?ワイズマン!!」
目の前にふわりと浮かぶ影に、エスメロードは噛み付かんばかりに怒鳴った。
「呼んだらすぐに答えなさい!お前、デマンド様に何を吹き込んだの!?」
占い師のような風貌で、水晶玉を見つめる男には、顔がない。よってその表情は伺えない。
手の中の玉は、エスメロードには何も映っているようには見えないが、この男には全てが見えている。現在、過去、未来。
デマンドたちに『邪黒水晶』を与えたのもこの男だった。銀水晶に匹敵する力に魅せられたデマンドは、今やこの怪しい男の言いなりといっても過言ではなかった。
『吹き込んだ、とは……?』
低く、皺枯れた声だった。ヴェールに包まれたその外見からは、年齢も容姿も、判断することは難しい。
エスメロードの耳には邪黒水晶のピアスがある。それにはブラック・ムーン一族が持つダークパワーを、何倍にも増幅させる力があった。
「とぼけないでちょうだい!」
女の甲高い声が、周囲に反響する。ワイズマンは耳を塞ぐことも無く、それを聞いていた。
タキシード仮面を虜にして彼の子供を産むという指示を、エスメロードはもちろん忠実に実行する気でいた。セーラームーンの付属品であり、大した力も持たない男など、簡単に組み伏せることが出来る。
けれどあの男は、反撃を試みた。それだけではなく、彼女に対して同情めいた言葉をかける余裕すらあったのである。
銀水晶を奪われたことはもちろん、侮っていた男にしてやられたことが、プライドの高いエスメロードを激怒させていた。あの男があんな力を隠し持っていたことなど、教えられていなかった。
「お前の仕業ね。お前がデマンド様を唆したんでしょう!?」
恋敵であるタキシード仮面について、デマンドが調べていないはずがない。デマンドは、知っていた。エスメロードが攻撃される可能性を、知っていて隠していたのだ。
子供を産めと言っておきながら、自分から遠ざけ、失敗したら殺されても構わないと思っている。その事実に気づいた時、彼女はぞっとした。
度重なる失敗から、見捨てられつつある空気は薄々感じていた。だから銀水晶を託された時には安心した。
(まだ、デマンド様に見限られてはいない)
セレニティとの婚礼は、出来るだけ引き伸ばしたかった。命令通り、妊娠する時間が欲しかった。
子供さえ産めば、デマンドの心は戻ってくる。そう信じていたのに、タキシード仮面に逃げられた今、その可能性は完全に消えてしまった。
「そもそも、おかしいのよ!デマンド様が、他の男の子を孕めと言い出すなんて。以前はあんなに冷酷な方ではなかった。変わってしまわれたのは、お前が現れてからよ!」
悔しかった。せめてセレニティに匹敵する力があれば、デマンドの心はまた戻ってくる。邪魔者を滅ぼし、二人で新たな地球の上で、歴史をやり直すのだ。
そんな彼女の想いを見透かすかのように、ワイズマンが妖しく囁いた。
『力が欲しいか?エスメロードよ』
その声は低く、暗く、重石のように彼女の耳に響く。
「当たり前でしょう。デマンド様の力になるためなら、悪魔にだって魂を売って見せるわ」
言い放ちながらも、声に震えが生じるのを、エスメロードは止める事が出来なかった。
どれほど尽くしても、あの男性はこちらを向いてはくれない。それが、今回の件で嫌と言うほど判ってしまったのである。
『その言葉に偽りはないな?』
ワイズマンが重ねて尋ねる。
エスメロードの心に、波紋が広がった。本当に、自分はこのままデマンドを愛し続けて良いのだろうか。
尽くせばいつかは報われると思っていた。女として愛してはもらえずとも、部下として成果を上げ続ければずっと傍に置いてもらえるものと信じていた。
しかし、今は成果がない。銀水晶も『ラビット』も手元にない。今のエスメロードにあるのは、体を包む気だるい感覚と、子宮の中に納まったあの男の子種だけだ。
───もう、こういう事はやめた方がいい。
唐突に、タキシード仮面の言葉が思い起こされる。思えば、デマンド以外の男に敗北したのは、あれが初めてだった。
(何なの。なんで、こんな時にあの男の顔が)
今まで力で押さえつけてきた男たちは、みな最初はエスメロードの恐ろしさに命乞いをし、最後には性欲に溺れて喜んで腰を振っていたのに、彼だけは途中で正気を取り戻した。
足の間がじわりと熱くなる。激しく動いたために、納まっていたものが垂れてきたのかも知れない。彼女はワイズマンが見ているにも関わらず、つい股間に右手を持って行った。
タキシード仮面に敗北したことはもちろん、それ以前にかけられた労りの言葉が、エスメロードを動揺させていた。恋人の前で犯してやったのに、男としてのプライドを徹底的に打ち砕いてやったのに、あの男の熱のこもった眼差しが心を離れない。
彼は、心からエスメロードに憐憫を覚えていたのだ。それが判るからこそ、彼女は戸惑い、今までの男たちとは全く違う彼の態度に、自分を持て余している。
(あの男は私が好きなの?)
人差し指を、中に押し込む。つぷ、とかすかな水音がして、第一関節の辺りまで指が埋まった。
彼女の異変に気づいたワイズマンが、怪訝そうに尋ねる。
『どうした、答えろ。何を迷っている』
そう言われても、一度始まってしまった火照りは、途中で抑えられるものではなかった。デマンドの命令とは関係なしに、タキシード仮面の肉体は心地よく、その温もりを思い出して彼女は更に自分を慰め始めた。
「……っ、はぁ、うっ……」
目の前にいるのが普通の相手であれば、エスメロードとてさすがに羞恥を覚えただろう。しかし彼女は、相手を人間とは思っていない。そもそも顔も年齢も不祥な生き物に、恥じらいなど感じない。犬や猫の前で自慰をしても、何ら平気なのと変わりない。
「す、少し、待って、な、さい、っ、う……」
男との交わり自体、久しぶりだったから、まだ性欲の火がくすぶっている。一度絶頂に達してしまわないと、まともな会話は出来そうにない、と判断した彼女は、指の動きを速めた。
とろりとした液体が指を伝う。
彼女の白い指に絡まる蜜は、重力の法則に従って、手の甲を伝い、手首を伝い、やがて水滴となって床に滴り落ちる。
ワイズマンは何も言わなかった。その沈黙を肯定と受け止め、エスメロードはひたすら頂を目指す。髪と同じ色の陰毛が、泡が立ちそうなほど小刻みな指の動きにつられてシャリシャリと摩擦する。
「ん。……っふう、はあ………」
組み伏せられたタキシード仮面を思い浮かべる彼女の顔には、笑みがあった。
(そうよ。きっと私に本気になったんだわ。セレニティよりも私の方がいいに決まっているもの)
この世界一、いや宇宙一強く美しいエスメロードに、惚れない男などいない。デマンドに冷たくされることで自信を失いかけていた彼女は、そう確信することで強さを取り戻した。
指の本数を二本、三本と増やし、あの男のモノの太さに徐々に近づけていきながら、中の精液をより奥まで押し込むようにした。
「ふ、ふふふ……ふ、ふふふ、うふふっ……」
女の淫猥な笑みとともに、クチュクチュ、と下品な音が響き渡る。もはや溢れ出した蜜が床に水溜りを作り、香ばしい匂いが周囲に立ち込めるほどであった。
彼女の脳内では、相手を犯した時の映像が繰り返し再生されている。巨乳に顔を挟まれて悶絶する姿、急所を掴まれて喘ぐ声、こちらを責めるように見つめてくる真っ直ぐな瞳……。
勝手に犯され、勝手にオカズにされるタキシード仮面もいい迷惑だろうが、頭の中の妄想だけは誰にも止めることは出来ない。
「は、あはははっ……ふふっ、おほっ」
立っていられなくなり、膝を折り曲げて、ぺたんとその場に崩れた。揺れたピアスが頬を打ち、その痛みに快感を殺がれた彼女はむっとした顔をする。
どうしてだか、その時に限って、ピアスを鬱陶しく思った。もう片方の手を耳に伸ばし、ゆっくりと外す。
『エスメロード。気でも触れたか』
ワイズマンが叱責するような声を飛ばす。この男が与えてくれた力の源を、彼女は快楽と引き換えに手放そうとしていた。
「……うっるさい……わね。もう、少し、で、イケそうなんだから、邪魔、し、ないで……あ、ああんっ!」
ピアスを床に落とすと同時に、ずしりと体が重くなる。その感覚さえも、彼女は心地良いと感じた。ついに両手を使い、濡れた指でこね回しながら、上を向いて、金魚のようにぱくぱくと口を動かす。
───君の事も諦めない。
タキシード仮面は確かにそう言った。エスメロードを、この無限の片思い地獄から救ってやりたいと、デマンドから解放してやりたいと、あの時確かにそう思ったはずなのだ。
(好き?好きなんでしょう?正直におっしゃいよ、私の魅力にメロメロなんでしょ?うふ、ふふふふっ)
「ん、ふふふ、ん、ふうっ、めよ、駄目よ駄目っ……私には、デマンド様があ、い、いるんだから」
いつしか、タキシード仮面を犯す妄想は、犯される妄想へと変化していた。あの時、デマンドに奉仕するエスメロードを見て嫉妬に燃えた彼が、デマンドに襲い掛かる。デマンドは面白がり、青年を軽くあしらう。そして、最後には二人してエスメロードを両側から挟み、デマンドが前を、青年が後ろを、代わる代わる犯す───何と、幸福な夢。
「あ、んあ、あはあ!駄目ぇ、二人なんて、あ、あはっ、んんんっ、壊れ、壊れちゃううううんんっ!」
親指が尻の穴へと、激しく抜き差しされる。自慰でここまで感じたことなど、初めてだった。無機物のような存在とは言え、ワイズマンに見られているという状況も、彼女を興奮させていた。
「あは、はん、駄目、もう、い、……い、いくううううううっ!」
絶叫と同時に、秘唇が潮を吹いた。色白い体が歓喜にのたうち、噴出した淫水が床に転がったピアスに降りかかった。エメラルド色の巻き毛が、その上に覆い被さる。
頂点を迎えた彼女は、満ち足りた表情で顔を伏せた。先程まで感じていた怒りや屈辱は、今はなく、ただ快感の余韻に浸っている。
「……っ、はあ、はああ……」
赤い唇から吐息が漏れる。淫乱と呼んでも差し支えないほどに淫らな行為をしたというのに、今の彼女は、一輪の花のように美しい。
そんな彼女の耳を、無粋な声が打った。
『満足したか』
エスメロードはぼんやりと顔を上げた。目の前に、いつの間にか得体の知れない物体が浮遊している。焦点を合わせるのに時間がかかった。
それは、ピアスなどとは比べ物にならない、邪黒水晶の結晶であった。見ただけで、巨大なダークパワーを秘めているのがわかる。この世の悪意の全てを封じ込めたようなその結晶が、エスメロードを誘うように妖しく輝いている。
『力が欲しいのだろう。ならば、これを受け取るのだ』
囁きに、力がこもった。デマンドを洗脳したその声に、エスメロードは静かに耳を澄ませる。
「……力?ああ、そうね……」
荒れていた思考が、急激に明瞭さを取り戻していく。性欲を解放した後に別人のように冷静になるのは、男だけではなく、女も同じであった。
負傷した状態で自慰をしたため、体のあちこちが痛む。ピアスを外した反動もあるだろう。床に落としたそれを、彼女は拾い上げ握り締めた。
(これを外すと、こんなに体がだるくなるのね。知らなかったわ)
性欲に負けて、いささか飛ばしすぎてしまった。これ以上体を痛めつけないうちに、部屋に帰って少し休息を取った方がいいかも知れない。いや、それよりまずはデマンドから身を隠すことだ。このまま帰ったら処罰、最悪の場合は死が待っている。何も馬鹿正直に、失敗を報告することはない。隠れてデマンドの動向を見守り、彼が危機に陥った時に助けに入れば、きっと許してもらえるはずだ。
頭の中で素早く保身の算段をすると、エスメロードはワイズマンを睨みつけた。
「悪いけど、やめておくわ」
凛とした拒否の声が、空間に響き渡った。
『何だと』
予想外の答えだったのか、珍しく動揺したような声が返って来た。それに気づかぬままに、彼女は立ち上がり、乱れた髪を手櫛でさらりと直した。
「言わなかったかしら?私は、あんたのことこれっぽっちも信用していないのよ。このピアスだって確かに力を与えてくれるけど、副作用がひどいんじゃない?ましてやそんな巨大な塊を手にしたら、きっと力を吸い取られてお陀仏よ」
『………』
相手は沈黙した。エスメロードはその意味を考えるほど思慮深くはなく、何より体が疲労していたため、早く話を切り上げたかった。
「あまりブラック・ムーン一族を甘く見ないことね。それと、汚れたここ、清めておきなさいよ」
掃除夫扱いであった。もともとエスメロードは、デマンド以外の男など虫けらとしか思っていない。ルベウスは粗野な馬鹿で、サフィールは甘ったれたお坊ちゃんだ。
相手に当たるだけ当たってすっきりした彼女は、背中を向けて立ち去ろうとした。その背中に、呪いのような声が浴びせられる。
『プリンスに報告するぞ』
エスメロードは一瞬肩を震わせたが、すぐに気を取り直して、再び這うように歩き出した。
静まり返った城内で、足音を立てないように歩くのは大変な努力を要した。荒く息をつきながら、彼女はどこに身を隠すべきか、考える。
ワイズマンに知られた以上自分の部屋にはいられないし、かと言って地球に降り立つほどの力は残されていない。今の彼女は、こうして狭い範囲を移動するのがやっとだ。
(どうしたら………)
考えに耽るうち、背後から足音が聞こえてきた。彼女は慌てて身を引き締める。まさか、もう追っ手が?
全身が総毛立った。隠れる場所を探そうにも物陰はなく、戦おうにもこちらは手負いである。成す術もなく立ち尽くすエスメロードの前に、見慣れた影がひとつ現れた。
「お探ししました。エスメロード様」
そう言って厳かに頭を垂れたのは、死んだルベウスの配下であり、あやかしの四姉妹の長女でもある『嵐のペッツ』だ。緑色の髪をきっちり一つにまとめた、エスメロードに負けず劣らずのきつい美貌の主である。
エスメロードはふと違和感を覚えた。ルベウスを失ってから萎縮していたのは知ってはいるが、久しぶりに見たペッツは心なしか丸くなったように思われる。
「な、何故お前が私を探すのよ。デマンド様のところに連れて行く気?ならば……」
攻撃の体制を取ろうとしたエスメロードに、ペッツは笑顔で答える。
「とんでもない。私はサフィール様に仰せつかって、貴女を保護しに参ったまでです」



エスメロードが去った後、冷たい空間に残されたワイズマンは、小さく呻いた。
『どういう事だ』
自分自身に対する問いかけに、無論答える声はない。汚らしいものが零れた床も、女の残り香や捨て台詞も、彼を焦らせる要因だ。
彼の計画では、エスメロードは嬉々としてこの邪黒水晶の結晶に手を伸ばし、そして力を吸い取られて無様に自滅するはずだった。サフィールとて、造反の疑いをかけて抹殺する筋書きなのに、未だに動く様子がない。
ワイズマンは未来を見抜く。予め「そうあるべき」と決められた通りに人の心を操ることなど、簡単なはずなのだ。
なのに彼女は彼の申し出を拒み、自らの足で歩き始めた。その前に彼女が取った異様な行動も、彼の予想の範疇を超えていた。
『未来が、狂い始めている………?』
誰かの介入があったのか、それともあの忌ま忌ましいセレニティが、他人の心を動かし、異なった方向に導こうとしているのか。賢い男と名乗る者にすら、今は何もわからない。

先を映し出すはずの水晶玉は、真っ暗な状態で空転を続けていた。



ムーン陥落10ムーン陥落8



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